【怪物チーム現る】昭和58年選抜1回戦 池田 対 帝京

高校野球!

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20 COMMENTS

石元正志

大会前から全評判の高い優勝候補同士の対決が、終われば横綱と幕下くらいの差を感じるほどの池田の圧勝。帝京の強さに自信のあった前田監督がこの屈辱をバネに帝京野球を大きく飛躍させて、この後三度の全国制覇した強豪に育てあげるターニングポイントになった試合

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氷極

蔦監督はこれほどの強いチームを作りながら、「野球のエリートが必ずしも人生のエリートになれるとはワシは思わん」 という話を生徒に説けるんだから教育者として素晴らしいと思う。

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溝田直人志

夏春連覇は
池田高校以外に
広島商、中京、法政二と
計4校のみが達成しているが
異なる投手での達成は
この時の池田高校のみです。

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ライスシャワー

水野、江上だけではなく、すべての打者のスイングが鋭い✨やまびこ打線凄すぎる✨

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増田博之

この大会初戦最高の好カード‼️。江上と勝負避けても水野、吉田がいる。過去の高校野球でこれほど強力なクリーンナップもめったにない🤗。

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順Akita

後に水野は高校での練習の8割はマシーンによるバッティング練習(しかも朝練から)と述べていました。打てないと蔦さん短気だからすぐ打撃練習から外されて「水野!走っておけと怒鳴るから(走るの嫌だから)必死になって打ちましたよ」このボールを金属バットに叩きつけるバッティングは衝撃でしたね。(しかしこれは金属バット打法でプロでは通用しないため数多の高校生好打者がプロ入り後苦労するか活躍できずに球界を去る事になります。金属バットはそのほとんどが芯である為強く振れてバットに当たれば飛びます。木製バットの芯は10cm程度。バットの芯で捕らえてバットにボールを乗せて打つと言います。この感覚はプロじゃなきゃ我々ではわかりません)

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takashi katayama

前年夏の優勝校の池田と、強打の評判の帝京との好カードでしたが、池田が圧倒しましたね。
改めて試合映像を通して見ると、帝京は初回に拙い守備で先制を許し、一発を浴びるという最悪の立ち上がり。これで試合の流れが決してしまったように感じました。

帝京・前田監督はこの大敗をきっかけに、選手達の身体作りを根本的に見直しましたね。
筋力アップや食事面など含めて。その効果もあってか、全盛期の頃の帝京の選手はラグビー選手やレスラーのような筋骨隆々な体格の選手が多かったです。

池田はこの試合、4回までに10点奪いましたが、5回以降は下手投げの技巧派投手を打ちあぐんだ印象です。
それから、初回の吉田の本塁打が意外にもこの大会の池田の唯一の本塁打でしたね。

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ティンタン

衝撃的なこの試合は、名将帝京前田監督がチーム作りを根本的に変えるきっかけになった試合ですね。
この年は夏も宇部商の浜口にサヨナラホームランを打たれて初戦敗退でした。
しかしその後、85センバツ準優勝、89夏優勝、92春優勝、95夏優勝。
それにしても師匠のセレクトは毎回凄いですね。本当に楽しく視聴させていただいています。当時の記憶が蘇ります。

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磯貝望月

高校野球のセオリーを覆す、まさにターニングポイントになった試合だと思います。🥎😊🙌

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山田市之助

猛打が目立つ池田だったけど、前年夏初戦の静岡高同様に初回1番打者が出塁すると2番打者は先ず送りバント。水野さんが後々高校野球の雑誌の取材で語ってた様に蔦監督の野球の原点は「1点を大事に取り、その1点を大事に守る」のスタイルはこの時代の池田でも垣間見られます。畠山、水野時代の池田は例年に比して体格良くパワーのある選手がごそっと来たから打撃中心にしたのであって、例年のチームなら、徳島商の牙城を崩すにはダブルスチールやヒットエンドランやスクイズなどの奇襲をドンドン仕掛けていかないと勝てないと思ってたらしいですね。実は早稲田実業をボコボコにしたあの試合でさえ、2点リードした後の3点目をスクイズで取ってるし、この年の夏の徳島県大会の決勝戦もダブルスチールで均衡を崩してます。水野さんは、最近の池田の選手を見て、自分達(畠山時代も含む)との体格の違いに気付き「比較されるのは気の毒」と後輩達を気遣ってます。

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田中浩一

この試合を通じて、帝京高校の練習の意識がウエイトトレーニングなどに重点的になったと言います。

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茨城出身九州在住

水野、江上だけじゃない。
吉田もすごかった。
夏の広島商との試合でも
好投手沖元からホームラン。

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當山義明

前年度の池田高校の打線も凄かったけど、新チームの池田高校の打線も迫力満点ですね。優勝候補同士の対戦で接戦になるかなと思いましたが、意外と大差がつきましたね。帝京打線を完封する水野投手、世代屈指の剛腕ですね。水野選手高校時代までは、この世代(昭和40年生まれ)のトップランナーを走ってましたね。
プロでも、もっとやれると思ったんだけど…

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パチタイガー

池田の強さが桁外れ。この当時の水野は今のスピードガンなら150キロは出ていたのでは?

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Namisho Battery

優勝候補 池田……離れず急追 興南
続く 上宮…… 興南は仲田幸司(元阪神)の時ですね。仲田はMBSの番組でイチローにインタビューに行った時にいきなりイチローに「何で上宮なんかに負けたんですか!」と言われてましたよ。この大会の試合ですね。それにしても、まだイチローは10歳頃じゃないですか。やっぱり野球小僧だったんですね。

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Phd0628 TAKINDIZ

帝京の山田,球威自体さほど悪くないが,球が集まってましたね。落ち着いて投げれば,これほどの大差にはならなかったと思います。6:10からの二球のように、力のある球を内閣に投げることもできたのだし・・・しかし,春の水野は速い!これで何キロだったのでしょうね。春の報知は初球の球速を報じていますが,138くらいだったように思います。でももっと出ているようにもみえるw スライダーもスゴイ!

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saku sakuζ

この代の帝京は秋春夏と都内公式戦無敗だったが神宮、選抜、選手権と全国大会ではいずれも初戦敗退、春季関東大会で1勝のみに終わった。

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田中雅規

翌年に入学する後に母校の監督になる井上選手曰く「蔦先生は畠山さんや水野さんがいた時のようなチーム作りを僕らに押しつけるようなことはしなかった」と蔦さんの人柄について語っていましたね。

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